中原中也の「骨」という詩の冒頭。
ホラホラ、これが僕の骨だ、
生きていた時の苦労にみちた
あのけがらわしい肉を破って、
しらじらと雨に洗われ、
ヌックと出た、骨の尖。
中也が自分の死んだあとの様子を、他者の視点で述べている詩で、解釈もちょっと難しいものです。
ただ、わかるのは、人間なんて、死ねばみんな骨しか残らないってことです。
だから、「ホラホラ、これが僕の骨だ」ってなるわけですね。
そして、骨を覆っている肉は、中也に言わせれば「生きていた時の苦労にみちたあのけがらわしい肉」。
そう、生きていれば苦労ばかり、苦悩の連続です。
お金もたまらないし、彼女もできないし、一人で寂しいし、仕事もつまらない。
なんにもいいことない・・・、って思っちゃいますよね!?
でも、どう生きようと、死んでしまえば、みんな骨になるのみ。
さあ、では、どうやって生きようか。
私は昔から思っていることがあります。
どうせ死ぬんだから、それまでは楽しく生きようよ!
って。
死ぬまで、苦痛に満ちた人生を送っても、どうなんだろうなぁって思っちゃいます。
今から80歳まで生きていたとして、あと三十数年、やっぱり楽しく生きたいよね。
そして、80歳で死んで、骨になっちゃえば、もう後のことは知らない!(笑)
どうせ骨になっちゃうんだから、いっぱい恥かいたっていいかなぁ。
いっぱい失敗しちゃってもいいかな。
どうやって生きていても、死ねばみんな一緒だからね。
かっこよくても、悪くても、骨になっちゃえば関係ない。
そんな感じかな。
最近、気力が低下していますが、まあ、思いっきり生きるしかないのかなってところです。
精一杯生きるしかないんだよなぁ、結局のところは・・・。