石川啄木「戯れに母を背負いて・・・」の気持ちがわかるような気がする

石川啄木の短歌に

 

戯れに母を背負いて

そのあまり軽きに泣きて

三歩歩まず

 

というのがある。 かなり有名な短歌なので知ってる人も多いと思う。

 

ちなみに内容は、

 

「ふざけて母親を背負ってみたら

あまりの軽さに母の老いを感じ涙が出てきて

三歩あるくこともできなかった」

 

という感じ。

 

さて、実家に帰って思うことといったら、両親がそろっていること。もう50に近くなった私ですが、両親がいて、とてもありがたい。

 

特になにかしてくれるわけでもない。むしろ皮肉を言われてしまったりもする。

 

それでも実家はいいものだ。

 

最近は、特に用があって帰るわけでもないが、帰るだけで喜ばれるようになった。

 

もう私は、両親にとって遠い人らしい。

 

近年、残念ながら両親の老いをひどくかんじる。見かけもしゃべり方も。

 

また話す内容もお葬式の話やお墓の話などチラホラ出る。

 

子どもの頃は、いつやってくるかわからない両親の死だったが、今は否が応でも意識する。

 

そうするとぼんやりと哀しくなる。

 

母はもう80歳を過ぎたいいおばあちゃん。

 

昔は怒られてばかりでしたが、今は全く怒られることがない。

 

さらに今年は脳梗塞になり、その後遺症からか認知症になってしまった。昔の母の姿はもう欠片もない。

 

家にいるときは何もせず、テレビを見てゴロゴロしている。

 

そんな母を見ていると、啄木の「そのあまり軽きに泣きて三歩歩まず」の気持ちがわかるような気がしてきた。

 

もちろん本当に母を背負ったわけではない。だけど、昔とは変わり果てた母親の姿を見てどことなく哀しいのだ。

 

これから認知症が進んでいくのだろうか。

 

それはまだわからないが、弱々しくなっていく母を見て、なすすべもない。

 

母には少なくとも100歳まで生きてほしいですが、それはちょっと難しい注文か。

 

出来損ないだった私は、父に怒られ、母に怒られ、妹とはケンカばかりで、実家なんぞは全然好きではなかった。

 

でも、実家に戻るたび、できるだけ実家に帰るようにしようという思いが強くなる今日この頃だった。