「こんなよい月を一人で見て寝る」のはさみしいよね

先日、いつだか忘れたけれど、とても月がきれいな日がありました。

 

私は気づいていなかったのですが、わざわざ連絡をくれた人がいたのです。連絡をもらったときは、まだ電車の中だったので、降りてから後に、空を見上げながら歩きました。

 

そうしたら、まあ、月がきれいなこと!

 

私は、きれいな月や、きれいな富士山を見るとテンションがかなり上がるのですが、みなさんはどうでしょう。

 

そういう人、案外多いんじゃないかなぁ(と勝手に思っています笑)

 

さて、月の鑑賞が終わり、家に帰ってぼーっとしていると、ふと、ひとつの俳句を思い出しました。

 

こんなよい月を一人で見て寝る

 

中学生のときに習った人がいるかもしれないが、これは尾崎放哉の句です。

 

ふつうは俳句というと「五・七・五」なのですが、これは自由律俳句といって定型ではありません。

 

俳句から定型をとってしまうと、なんだかひとり言みたいですよね。

 

「こんなにいい月を、一人で見て、そして寝る・・・」

 

意味はそんなに難しくはありません。

 

☆☆☆

 

さて、こんなふうにいい月を見てしまうと、誰かと一緒に共有したくなるものです。

 

月だけではありません。

 

おいしい食べ物だって、友達と情報共有して食べに行きたいし、おもしろいドラマがあれば、友達とどこがおもしろかったか語り合いたいものです。

 

いい映画があれば、どこがよかったかを言い合ったりもしたいです。

 

とにかく、人はいいものがあれば、誰かと共有したいのではないかと思います。

 

例に漏れず、私だって一人でお月様を見るよりも、誰かとお月様を一緒にみて「キレイだねぇ」などと言ってみたい!

 

でも、私は、この日、一人でした。

 

こんなによい月なのに、一人寂しく、見て、そして寝る・・・

 

そこにあるのは孤独感とさみしさです。

 

☆☆☆

 

さて、この句の作者である尾崎放哉も寂しかったのか。

 

彼のことについては、全然知らないのでなんとも言えませんが、もしかしたら、彼は「一人で見たい派」だったりして!?

 

こんなよい月を、誰にも邪魔されず一人で見ているぞ!

 

などと満足感に浸っていたのかも。

 

もしそうだとしたら、尾崎放哉は、一人の過ごし方がとても上手な人です。

 

ふつうは孤独感にさいなまれるものですからね。

 

実際どうだったかは、全然わかりませんが・・・。

(そこらへん、ちょっと調べてみようかな)

 

いずれにしても、私はやっぱり「誰かと共有したい派」です。一人でお月様を見るのもいいのですが、誰かと一緒に見たいものです。

 

ああ、そんな人いないかなぁー