古今和歌集「世の中に絶えて桜のなかりせば・・・」の気持ちがわかってきたかも

ここ数年で、いろんなところに桜を見に行くようになりました。

 

最初は近所の桜を見れば満足だったのだけれど、そのうち、いろんなところの桜を見たくなり、インターネットで桜の名所を調べては行くようになりました。

 

しかし、計画を立てるのが本当に難しい。

 

誰もが知っているよに、桜の開花時期は毎年ちがうし、咲き始めたなぁと思ってものんびりしていると散り始めます。

 

春だなぁ・・・、なんてうかうかしていられません。

 

おまけに雨なんか降った日には最悪。無残にも濡れて散った花びらが、地面にくっついています。そんなときには、なんとも言えない悔しい気持ちが残ります。

 

今年も桜を見てきました。

 

まずは、桜のスポットとして東京で1,2を争うほど人気の目黒川。

f:id:motoshidaa:20180403134613j:image

綺麗だったんですけど、まだ早かったようで満開ではありませんでした。

 

ただ、人は大勢来ていました。さすが人気スポットはちがうなぁ!

 

次に六義園

f:id:motoshidaa:20180403134755j:image

ここはしだれ桜が有名で、私が訪れたときにはもう満開でした。

 

とてもきれいですよねぇ。

 

最後に東京ミッドタウン

f:id:motoshidaa:20180403134931j:image

ライトアップされて幻想的でした。

 

今年はこの3つのスポットで桜を拝んできたわけです。

 

☆☆☆

 

ふりかえってみて、自分の気持ちを思い出してみたら、ある和歌が頭に浮かびました。

 

 世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし

 

どこでおぼえたのか忘れてしまいましたが、かなり有名な和歌で、作者は在原業平です。

 

歌の意味は

世の中に、まったく桜がなかったのなら、春の心は、本当にのどかだろうに・・・

といった感じでしょう。

 

この歌の読むように「世の中に、まったく桜がなかった」ならば、どんな気持ちになるのでしょうか。

 

きっと、

 

そんな世の中信じられない

 

とか

 

桜の咲かない春なんて、春とは言えない

 

というような声が聞こえてくるでしょう。

 

それほど日本人の心のなかには、「春といえば桜」という気持ちが根付いています。

 

だが、実際、どうだろう。

 

桜があるおかげで、私はカレンダーを気にし、桜の開花予報を何度も見て、桜の名所を調べて、現在の開花情報をあちこちインターネットで検索し・・・

 

などと、かなりの大忙し。

 

桜が咲く季節が近づくとにわかにそわそわしだし、満開までちょっと早すぎたなぁと残念になり、満開の桜を見て喜んで、そしてもう桜の季節が終わりなんだと残念に思い・・・

 

というように、ほんの1週間の間に気持ちが大きく変化しています。

 

桜の季節が終わり、我に返ったときに、ふと在原業平の和歌を思い出したのでした。

 

世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし

 

たしかに桜がこの世になかったら「春の心は のどけからまし」だ。

 

在原業平はこのことを言っていたのかな、とおぼろげながら彼の気持ちをつかんだような気がします。

 

☆☆☆

 

日本人の心をこれほどまでにかき乱す桜という花、本当に罪な花ですね。

 

でも、来年も必ず桜のスポットに出かけるんだろうな。

 

いまからそわそわしてしまいます。