涼しい風は、万葉歌人、額田王の「君待つと・・・」を思い出させる

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8月が終わると、急に涼しい風が吹く日があります。いつの間にか、寝苦しい夜もなくなっていくんですよね。

 

そうすると、もう秋です。秋は知らぬ間にやって来て、気づけば「涼しい」が「寒い」に変わり冬になります。

 

さて、そんな秋ですが、秋といえばやっぱりこの和歌が思い出されます。

君待つと 我が恋ひをれば 我がやどの すだれ動かし 秋の風吹く

 

これは万葉集巻四に収められている額田王という女性歌人の作品です。

 

意味は

君を待って恋しく思っていると、私の家のとびらにかかったすだれが秋の風によって揺れる

 という感じかな。

 

そんなに難しい言葉はないですが、一般的に「やど」は「屋戸」で「家の戸」と解釈される場合が多いと思います。

 

「待つ」という行為はなかなかつらいものです。

 

結婚していれば、だんなさんが帰ってくるのが当たり前なので、そんなに「待つ」ということもないでしょう。

 

でも、まだ、そういう関係ではない男女の場合は、なにかしら相手からのアプローチを待っています。

 

例えば、ある女性と知り合いになってLINEを交換した場合、「早くLINE来ないかなぁ」って待ちますよね。

 

待ちきれずに、こちらからLINEを送ってしまい、送ったあとは、まず既読になるのを待ち、既読になったら返事が来るのを待ちます

 

待っているときはなんとも言えない気持ちです。

(わかってくれますよね、この気持・・・汗)

 

 

また、初めてデートに誘ったときも、待ち合わせ場所で、「本当に来てくれるのかなぁ」なんて、相手が来るまでは安心できず、待っている時間がとても苦しくなります。

 

なかなか来ずに、LINEを何度も確かめてしまったり、待ち合わせ場所や待ち合わせ時間が間違っていなかったか、あるいは、自分の案内が間違っていなかったかなどをもう一度見直してしまったりもします。

 

「待つ」という行為はなかなか苦しいものなのです。

 

それは古代に生きていた人も同じはず。

 

先の額田王の和歌は、おそらく「いつ来るかわからない男性をずっと待っている」という場面でしょう。約束しているというわけでもなく、いつも会っているわけでもない、そういう男性を待っているのです。

 

だから、戸にかかっているすだれが動く音がしたら、

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

と思ったわけですが、残念ながら風が吹いただけだったのです。

 

これは、彼女からのLINEが来たと思ったら、実は松屋の牛めし30円引きのお知らせだったときのがっかり感と似ていると思います。

(似てないかな・・・)

 

このときの額田王の残念感は現代の我々にもよくわかることです。あの人かと思ったらただの風だったわけですから。

 

ひとつ疑問なのは、この和歌が

我がやどの すだれ動かし 秋の風吹く

というように、ただの風ではなく「秋の風」ということなんですね。

 

この「秋」にはどんな意味があるんだろう?

 

平安時代以降の和歌だったら「秋」に「飽き」という意味がかけられていることが多いので別れを予感させられます。

 

ただ、この和歌が詠まれた時代はもう少し古いので、そうではないはずです。

 

一説には「秋風は恋人の来訪を予感させられるもの」らしいので、もしかしたら、この和歌には「もうそろそろあの人がやって来る!」という期待が込められているのかもしれません。

 

 

いずれにしても「待つ」のはなかなかつらいものですね。

 

さて、秋がやって来ます。

 

「食欲の秋」とか「読書の秋」とか言いますが、恋愛に関しては「燃えるような夏」なのかな。

 

まあ、こんなことを書きながら、ふと、私を待ってくれる女性があらわれてくれたらいいなぁなんて、思ってしまいました。

 

ははは・・・