「ふるさとは遠きにありて思ふもの」と室生犀星は言っていますが、どうでしょうか?

f:id:motoshidaa:20160925094552j:image

 

この写真は、私の故郷、静岡で暮らしていたときの幼いころの私。

 

当時住んでいた国鉄官舎の外で撮ったものです。目の前にはSBSという静岡のテレビ局、そして静岡新聞の建物がありました。

 

とても巨大で、当時東京タワーの次に大きいのがSBSだと信じていたくらいです。もちろん実際は全然ちがいます(笑)

 

とても懐かしい。でも今となっては、故郷の家は取り壊されていて跡形もありません。

 

現在、私の両親は静岡市の隣にある焼津市に引っ越しています。もちろんたまに帰っています。

 

たまに帰ると思い出すのが、室生犀星の「小景異情」その二です。

 

ふるさとは遠きにありて思ふもの

そして悲しくうたふもの

よしや

うらぶれて異土の乞食かたゐとなるとても

帰るところにあるまじや

ひとり都のゆふぐれに

ふるさとおもひ涙ぐむ

そのこころもて

遠きみやこにかへらばや

遠きみやこにかへらばや

 

この詩は『抒情小曲集』所収で、「小景異情」と題された6編の詩のうちの「そのニ」です。6編もあるのに「そのニ」だけが有名なんですよね。

 

だから、この詩をどこかで聞いたことある方も多いのではないかと思います。

 

 

☆☆☆

 

ふるさとは遠きにありて思ふもの

そして悲しくうたふもの

 

「ふるさとは遠くにいて思うもので、悲しく詠うもの。」

 

確かに、ふるさとは遠くにいるからかそ、思い出すのでしょう。でも悲しく「詠う」ものなんでしょうかね?

 

よしや

うらぶれて異土の乞食かたゐとなるとても

帰るところにあるまじや

 

「仮に、落ちぶれて、よその土地で乞食になっても、ふるさとは帰るところではないだろう」

 

そう述べた室生犀星。

 

彼にとってのふるさとは、悲しい場所であり、帰ってはいけない場所なのです。

 

 

「ひとり都の夕暮れに、ふるさとを思い涙ぐむ・・・、その心を持って遠い都に帰ろう」

 

ひとり都会でたくましく生き、たまにはふるさとを思い出しては涙ぐむ・・・、そういうのがいいのでしょうか?

 

室生犀星にとって、ふるさとはそういうところのようです。

 

ただ、この詩集の自序に

この本をとくに年すくない人人にも読んでもらひたい・・・

 

少年時代の心は少年時代のものでなければわからない・・・

 

とあるところから、この詩集の中に描かれた気持ちは、若き頃のあまずっぱい思い出であり、年老いて経験豊かになった人には理解できないこともあるのかもしれません。

 

室生犀星の本当の心はわかりませんが、私にとってのふるさとはどうだったか・・・

 

 

☆☆☆

 

 

若い頃の私は家がいやでいやでたまりませんでした。

 

すぐに怒るお母さん

息子のことをバカだと思ってるお父さん

ケンカばかりしていた妹

そして絶えない家族のケンカ

 

高校生までは、「家庭は自分の居場所ではない」と感じてました。

 

だから東京の大学に行き、一人暮らしをするのがその頃の私の夢でした。

 

早く家を出るんだ!

そう思っていたあの頃でした。

 

親には、「おれは学校の先生になるんだ。だから大学に行くんだ」とえらそうに言っていました。

 

そういう意味では、「小景異情」の室生犀星の感じ方に少しは近いのかもしれません。

 

 

しかし、現在学校の先生とは程遠い仕事をしています。

 

親には「早く孫の顔が見たい」と何年も言われ、最近はあきらめてくれたようで・・・。

 

なんとも親不孝な息子になってしまいました。

 

そんな私が親にできることと言ったら、元気な姿を見せることだけです。

 

本当ならば、「成功するまでふるさとには帰らない」と言いたいところですが、今は自分がどこに向かっているのかすらわかりません。

 

そんな落ちぶれた私ですが、家に帰ると温かく家族が迎えてくれます。

 

ふるさとがあって

そこに親がいて

よかった。

 

それが、今の私の気持ちです。

 

どれくらい長生きしてくれるのかはわかりませんが、少しは親孝行したいです。

 

もう「ふるさとは遠きにありて思うもの」と言ってる余裕はないので。

 

 

私にとっての故郷は、いやな思い出も、いい思い出も、すべてつまっていて、いつでも戻れる場所なのだと言えるでしょう。