「夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の 知らえぬ恋は 苦しきものそ」という万葉集の恋歌が好きだ!

万葉集といえば、国語の授業で

日本最古の和歌集

と習うもので、日本人ならば知らない人はいないくらい有名な作品集です。

 

とは言っても、中身を知らない人は多いのかな?

 

いや、多いでしょう。

 

でも、有名なものもたくさnあるので、もしかしたら知っているのがあるかもしれません。

 

たとえば、これ

 近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに いにしへ思ほゆ

 

おうみのうみ ゆうなみちどり ながなけば こころもしのに いにしへおもほゆ

 

現代語訳:近江の海(琵琶湖)の夕波の上を飛ぶ千鳥よ、お前が鳴くと私の心がしなえるように、昔のことが思い出されることだ・・・

 

柿本人麻呂という人がつくった有名なやつです。

 

「近江の海」というのは琵琶湖のことで、波立った琵琶湖で千鳥が鳴いているんですね。そんな風景を見ていると、心がなんとなくしんみりとして昔のことが思い出される・・・、って感じです。

 

また、山部赤人という人に

田子の浦ゆ うち出でて見れば 真白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける

 

たごのうらゆ うちいでてみれば ましろにそ ふじのたかねに ゆきはふりける 

 

現代語訳:田子の浦を通って、(富士山の見えるところまで)出て見ると、真っ白に、富士山に雪が降り積もっているぞ! 

 という歌があります。

 

静岡の田子の浦ってところを通って、富士山のよく見えるところまで出てみると、そのてっぺんに雪が降っているぞぉぉぉぉ!(すげぇーーー!)という意味でしょう。

 

百人一首ではこの歌が少しちがう形で収録されているので、知ってる人は多いと思います。

 

 

今、2つの有名な短歌を例にあげました。しかし、万葉集を勉強し始めた頃、正直言ってこの歌のよさが全然わかりませんでした。

 

「琵琶湖で鳥が鳴いているからなんなの?」とか、「昔のことを思い出してるんだなぁ・・・ふーん」、くらいにしか思っていませんでした。

 

富士山の歌も、「そりゃー雪降ってるよ、富士山だもん!」くらいです、初めて見たときの感想は。

 

ほんと、怒られそうだ(笑)

 

当時、有名な短歌って、どこかとっつきにくい感じがしました。そんなときに大学の授業でこんな短歌を教わったのです。

 

夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の 知らえぬ恋は 苦しきものそ

 

なつののの しげみにさける ひめゆりの しらえぬこひは くるしきものそ

 

現代語訳:夏の野の茂みに咲いている姫百合が誰にも知られないように、誰にも知られない私の恋は、苦しいものだ。 

 

ときは奈良時代。

 

その頃の夏の野って、きっと草ぼうぼうでしょう。誰も草取りなんかしないんだから。

 

そんな茂みに姫百合が咲いていたとします。

 

でも、草に隠れて誰にも知られることはありません。

 

その姫百合のように、

私の恋も相手には知られていない。

こんな片思い、すごく苦しいものだ・・・、

という意味です。

 

作者の好きな人は、もう決まった人がいるのでしょうか。それともまだ自分の気持ちを言い出せないでいるのでしょうか。

 

いずれにしても、自分の気持ちを伝えられず、押し殺しているようで、とてもつらそうです。

 

人に知られない恋の気持ちを描いたこの歌、かなり共感してしまいました。

 

この短歌を知って、私は万葉集を好きになったのです。

 

先にあげた柿本人麻呂や山部赤人の短歌は、時代背景とその地域のことがわかればもちろん解釈できます。

 

しかし、裏を返せば時代は変わっているし、その場所も大きく変わっています。だからとっつきにくかったのでしょう。

 

でも、恋で苦しむのは昔も今も同じ。

 

現代やっている数多くのドラマは恋に苦しむ若者の様子が描かれているし、はやりの歌はラブソングばかり。

 

それくらい、今も昔も、人は恋に苦しんでいるのです。

 

例にもれず、私も恋に苦しめられました。

だからこの短歌は私に入りやすかったのでしょう。

 

それ以来、私は万葉集の恋の歌ばかり読んでいました。大学の卒論も大伴家持とその女性関係に関するものです。

 

それにしても「夏の野の・・・」の短歌はきれいだと思いませんか?

 

いまでも好きな短歌ナンバーワンと言ってもいいかもしれません。

 

そして、私は今もなお、誰にも知られない恋をしているのです・・・、なんちゃって(笑)

 

万葉集の歌は、有名でないものの中にもいい作品がたくさんあります。

 

みなさんにもぜひ読んでもらいたいなぁ!